『もどらないかげ』監督:厨子翔平
2026年 8月29日(土)ユーロスペースにて公開

『もどらないかげ』監督:厨子翔平
2026年 8月29日(土)ユーロスペースにて公開

Story

九州北西部に位置する肥前窯業の地、佐賀県・有田町
オオクボは窯元で働いているが、自分で作るための焼き物の土を探し続けている。
フミは町の人々のかつての生活や記憶の話を録音している。セイタロウはピストバイクで町を駆け、写真を撮影している。
ある日、世界を放浪していたオオクボの妹・ミウが町にやってくる……。
夏が去らなかった季節。見過ごしてしまいそうな移ろいの日々。

Story

九州北西部に位置する肥前窯業の地、佐賀県・有田町
オオクボは窯元で働いているが、自分で作るための焼き物の土を探し続けている。
フミは町の人々のかつての生活や記憶の話を録音している。
セイタロウはピストバイクで町を駆け、写真を撮影している。
ある日、世界を放浪していたオオクボの妹・ミウが町にやってくる……。
夏が去らなかった季節。見過ごしてしまいそうな移ろいの日々。

Introduction

本作の出演者たちは演技経験者ではなく監督・厨子翔平が
有田町での暮らしのなかで出会った人々である。

初長編となる監督・厨子は東京から佐賀県・有田町へ移り住み、
窯元で働きながら生活を続けるなかでこの土地の人々との関わりを重ねていった。
かつて窯業の町として栄え、人口減少という現状も受けとめながら
地に足をつけて暮らす人々との交流の延長線上で生まれた作品である。

交わされたまなざしや言葉、風景が穏やかに積み重なり、記録と記憶のあいだにあるものを静かに見つめていく。

Introduction

本作の出演者たちは演技経験者ではなく監督・厨子翔平が
有田町での暮らしのなかで出会った人々である。

初長編となる監督・厨子は東京から佐賀県・有田町へ移り住み、
窯元で働きながら生活を続けるなかでこの土地の人々との関わりを重ねていった。
かつて窯業の町として栄え、人口減少という現状も受けとめながら
地に足をつけて暮らす人々との交流の延長線上で生まれた作品である。

交わされたまなざしや言葉、風景が穏やかに積み重なり、
記録と記憶のあいだにあるものを静かに見つめていく。

Trailer

Comment

闇と光。過去といま。この生はつづく。
あのドアのむこうの朝に、空気に、土に、地図に。ささやく影たちに自分を見つけさせるのだ。

福間恵子 映画プロデューサー

リサーチする女はリサーチする。
自転車に乗る男は自転車に乗る。
踊る女は踊る。
ただそれだけ、目的はない。アウトプットを求めない潔さ。
土を掘る男だけが自分の墓を掘っているようだが、山から見たらそれも些細なことだろう。生者も死者もない。
そこにはリズムの軌跡があるだけ。
それをただ見つめるシネマ・アイがマジカルな感動を呼ぶ…充実の82分。

黒川幸則 映画監督

その場所を丁寧にまなざす目がなければ、見つけられないものがある。
どのシーンを切り取っても絵になる風景、時間に、この映画を作った人の端正な眼差しを感じる。
あの町の夏の風が、水辺の涼しさが、土の匂いが、こちらまで届きそうな気がする。

植本一子 写真家

不思議な映画ですね。
とても新しい感覚なのだと思いました。
こういうのが最近の潮流なのかなあとか考えながら観ました。
正直に言えば、とらえどころがない。その、とらえどころのなさを肯定的に捉える心構えを、僕も持たねばと意識させる作品でした。

七里圭 映画監督

食べること、話すこと、聞くこと、走ること、歌うこと、踊ること、
土をこねるということ―
長い時間をかけてできた切り通しの向こうにあるのは、生か死か。
でもそんなことどうでも良いのかもしれない。考えてみたところで、死なんてただの言葉に過ぎないのだから。

梶原阿貴 脚本家 (爆弾犯の娘)

「もどらないかげ」――ことばに関わる人間としては、まずはタイトルに惹かれた。原爆の投下された広島の石畳の影も彷彿とさせるし、終戦記念日のもどらない人々の姿も思わせる。
しっかりとことばの飛距離をつかんだところで、しかし映画はちいさな陶器のまちで暮らす人々の営みに、降りてくる。昔語りをする年配者と、その聞き書きをのこす若者。昼間は大量の什器を作りながら、深夜に己自身の表現に叶う土を探す陶芸家。ブレーキのない自転車を曲芸のように乗り回しながら、まちの景色をひろう写真家。昔の景色を慈しみながら、今を生きる人々。
その今を生きる、あるいは「今を生きろ」を叩きつけるように、踊ってみせるミウという存在。
涼しい水の音、人肌のような土の肌、広がる緑の山々、人々の笑みに迎えられ、
うれしい魂が里帰りするような――夏の逸品だ。

宮尾節子 詩人

有田という土地の移り行く刻のなかで、四人の若者達はなにを探しているのだろうか。カメラや言葉や土そして身体そのものをとおして、どんな景色を見ようとしているのか。独自の眼差しで捉えられた風景のなかで、それぞれの今が交錯した不可思議なイメージが立ちあがる。
たんなるフィクションでもドキュメントでもない、
夢でも現実でもない、絶妙なバランスで構築されたこの映画の構造は、
見る側にある種の既視感を想起させる。
「カメラの背後の闇」という言葉がある。
この作品はその闇にどんな光を当てようとしているのだろか。

石井茂 フォトグラファー

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      Comment

      闇と光。過去といま。この生はつづく。
      あのドアのむこうの朝に、空気に、土に、地図に。
      ささやく影たちに自分を見つけさせるのだ。

      福間恵子 映画プロデューサー

      リサーチする女はリサーチする。自転車に乗る男は自転車に乗る。踊る女は踊る。
      ただそれだけ、目的はない。アウトプットを求めない潔さ。
      土を掘る男だけが自分の墓を掘っているようだが、
      山から見たらそれも些細なことだろう。生者も死者もない。
      そこにはリズムの軌跡があるだけ。
      それをただ見つめるシネマ・アイがマジカルな感動を呼ぶ…充実の82分。

      黒川幸則 映画監督

      有田は、焼物の仕事だけで400年続いてきたという不思議な町です。人の賑わい、石、欲、無常観、様々な人の有田への思いが交わっています。いま、どうしていいかわからないけれど前を向く町です。これまでの有田の焼物の視点ではない本当の有田が描かれています。感じてください。

      十四代 今泉今右衛門
      重要無形文化財保持者(人間国宝) 陶芸家

      その場所を丁寧にまなざす目がなければ、見つけられないものがある。
      どのシーンを切り取っても絵になる風景、時間に、この映画を作った人の端正な眼差しを感じる。
      あの町の夏の風が、水辺の涼しさが、土の匂いが、こちらまで届きそうな気がする。

      植本一子 写真家

      不思議な映画ですね。
      とても新しい感覚なのだと思いました。
      こういうのが最近の潮流なのかなあとか考えながら観ました。
      正直に言えば、とらえどころがない。
      その、とらえどころのなさを肯定的に捉える心構えを、僕も持たねばと意識させる作品でした。

      七里圭 映画監督

      一方通行の時間の途中で、人はなぜ何かを残そうとするのか。たとえ残そうとしなくても、私の影は誰かの生活や、言葉の中で生まれなおすだろう。そういう無数の営みの上に、私たちは続いていく。これは作られた物語だろうか、ごく自然な風景だろうか。そのあわいで口をつぐんで佇む映像の温度が、なんだか不思議に心地よい。

      伊藤亜和 文筆家

      食べること、話すこと、聞くこと、走ること、歌うこと、踊ること、
      土をこねるということ―
      長い時間をかけてできた切り通しの向こうにあるのは、生か死か。
      でもそんなことどうでも良いのかもしれない。
      考えてみたところで、死なんてただの言葉に過ぎないのだから。

      梶原阿貴 脚本家 (爆弾犯の娘)

      「もどらないかげ」――ことばに関わる人間としては、まずはタイトルに惹かれた。
      原爆の投下された広島の石畳の影も彷彿とさせるし、終戦記念日のもどらない人々の姿も思わせる。
      しっかりとことばの飛距離をつかんだところで、しかし映画はちいさな陶器のまちで暮らす人々の営みに、降りてくる。昔語りをする年配者と、その聞き書きをのこす若者。昼間は大量の什器を作りながら、深夜に己自身の表現に叶う土を探す陶芸家。ブレーキのない自転車を曲芸のように乗り回しながら、まちの景色をひろう写真家。昔の景色を慈しみながら、今を生きる人々。
      その今を生きる、あるいは「今を生きろ」を叩きつけるように、踊ってみせるミウという存在。
      涼しい水の音、人肌のような土の肌、広がる緑の山々、人々の笑みに迎えられ、
      うれしい魂が里帰りするような――夏の逸品だ。

      宮尾節子 詩人

      物言わぬ静かな湖の底にもたくさんの歴史が眠っているように、どんな土地にも語られぬまま町の底に沈んでしまった記憶は無数に存在するのでしょう。
      劇中に使われる「Tamako」という曲は、東京にある人造湖の多摩湖(正式名称は村山貯水池)を題材にした曲ではありますが、この作品の中で使ってもらえたことで、また別の土地の空気を吸って、新たな表情で自分の元に帰ってきた気がします。
      監督のその丁寧な眼差しや耳が、この曲を見つけ、有田まで連れ出してくれたことを嬉しく思うと同時に、この映画もきっと様々な人に出会い、これから旅をするのだろうなと思います。

      VIDEOTAPEMUSIC ミュージシャン・映像ディレクター

      佐賀のローカル・ドキュメンタリーと、
      四人の男女のひそやかな交流がナチュラルに縫いとめられた、
      虚実皮膜の、そのぎりぎりの薄皮をゆく静かに斬新な映画。
      有田焼と、亡き妻の回想と、森の奥のみずうみと、
      ピストバイクと、キューバ音楽が、なんてことない顔で同居する。
      ドキュメントとフィクションを股にかけたまま、
      すべての感情を振り落とすように突如として炸裂するダンス・シーンは、
      マジック・リアリズム的な鮮烈さに満ちている。

      山塚リキマル SF(SoulFul)作家

      有田という土地の移り行く刻のなかで、四人の若者達はなにを探しているのだろうか。
      カメラや言葉や土そして身体そのものをとおして、どんな景色を見ようとしているのか。
      独自の眼差しで捉えられた風景のなかで、それぞれの今が交錯した不可思議なイメージが立ちあがる。
      たんなるフィクションでもドキュメントでもない、
      夢でも現実でもない、絶妙なバランスで構築されたこの映画の構造は、
      見る側にある種の既視感を想起させる。
      「カメラの背後の闇」という言葉がある。
      この作品はその闇にどんな光を当てようとしているのだろか。

      石井茂 フォトグラファー

      東京は日本の中心であるわけがなく、人間は地球の主人でもなく、監督は映画づくりにおける最も偉い人というわけではない。『もどらないかげ』は有田町を取りまくあらゆる物/者が少しずつ集まり、それぞれの大切なものを持ち寄り、層になり、あるいは混然となってでき上がった。山の中からみつけ出され、こねられた愛おしい土のような映画のone of themに、私もなりたい。

      荒井南 ライター

      Director's Profile

      厨子 翔平 | ずし・しょうへい

      1989年生まれ。岡山県津山市出身。

      桜美林大学映画専攻卒業。多様な職業に従事する傍ら、自主映画を制作。

      福間健二監督作品『きのう生まれたわけじゃない』(2023)で

      助監督・予告編編集を担当したのち、佐賀県有田町へ移住。

      窯元で働きながら創作活動を続ける。

      土地での暮らしや出会いをもとに、

      ドキュメンタリーとフィクションを横断する作品を制作。

      本作『もどらないかげ』が初長編作品となる。

      過去作として、『家出』(2010)、『奥津』(2012)、『焚火』(2015)、『掌』(2015)、

      『なにかがつれていく』(2016)、『幽霊団』(2022)などがある。

      Cast & Staff

      大塚 隼輝 南 香好 上田 愛華 壱岐 成太郎

      西山 美穂子 チャーボー 山口 正治

      Dos Sones de Corazones

      有田町、波佐見町のみなさん

      監督・脚本:厨子翔平

      撮影:村上拓也 録音・整音:丸尾啓人 助監督:原田真志 照明:加藤大樹 

      脚本:中島紳一郎 編集:中村幸貴 カラーグレーディング:山田祐太

      挿入曲:VIDEOTAPEMUSIC  宣伝美術:一野篤

      協力:さが未来アシスト事業  製作・配給:土こねフィルム

      2025 年 / 日本 / カラー /82 分 ©2026 Tsuchikone Film

      Director's Profile

      厨子 翔平|ずし・しょうへい

      1989年生まれ。岡山県津山市出身。
      桜美林大学映画専攻卒業。多様な職業に従事する傍ら、自主映画を制作。
      福間健二監督作品『きのう生まれたわけじゃない』(2023)で助監督・予告編編集を担当したのち、佐賀県有田町へ移住。窯元で働きながら創作活動を続ける。
      土地での暮らしや出会いをもとに、ドキュメンタリーとフィクションを横断する作品を制作。本作『もどらないかげ』が初長編作品となる。
      過去作として、『家出』(2010)、『奥津』(2012)、『焚火』(2015)、『掌』(2015)、『なにかがつれていく』(2016)、『幽霊団』(2022)などがある。

      Cast & Staff

      大塚 隼輝 南 香好 上田 愛華 壱岐 成太郎

      西山 美穂子 チャーボー 山口 正治

      Dos Sones de Corazones

      有田町、波佐見町のみなさん


      監督・脚本:厨子翔平

      撮影:村上拓也 録音・整音:丸尾啓人 助監督:原田真志 照明:加藤大樹 

      脚本:中島紳一郎 編集:中村幸貴 カラーグレーディング:山田祐太

      挿入曲:VIDEOTAPEMUSIC  宣伝美術:一野篤

      協力:さが未来アシスト事業  製作・配給:土こねフィルム

      2025 年 / 日本 / カラー /82 分 ©2026 Tsuchikone Film

      Director's Profile

      厨子 翔平|ずし・しょうへい

      1989年生まれ。岡山県津山市出身。

      桜美林大学映画専攻卒業。多様な職業に従事する傍ら、自主映画を制作。

      福間健二監督作品『きのう生まれたわけじゃない』(2023)で

      助監督・予告編編集を担当したのち、佐賀県有田町へ移住。

      窯元で働きながら創作活動を続ける。

      土地での暮らしや出会いをもとに、ドキュメンタリーとフィクションを横断する作品を制作。

      本作『もどらないかげ』が初長編作品となる。

      過去作として、『家出』(2010)、『奥津』(2012)、『焚火』(2015)、『掌』(2015)、

      『なにかがつれていく』(2016)、『幽霊団』(2022)などがある。

      Cast & Staff

      大塚 隼輝 南 香好 上田 愛華 壱岐 成太郎

      西山 美穂子 チャーボー 山口 正治

      Dos Sones de Corazones

      有田町、波佐見町のみなさん


      監督・脚本:厨子翔平

      撮影:村上拓也 録音・整音:丸尾啓人 助監督:原田真志 照明:加藤大樹 

      脚本:中島紳一郎 編集:中村幸貴 カラーグレーディング:山田祐太

      挿入曲:VIDEOTAPEMUSIC  宣伝美術:一野篤

      協力:さが未来アシスト事業  製作・配給:土こねフィルム

      2025 年 / 日本 / カラー /82 分 ©2026 Tsuchikone Film

      ©2026 Tsuchikone Film